各駅停車症候群(過敏性腸症候群 IBS)の悩み

いわゆる各駅停車症候群というのがありますが、病名としては過敏性腸症候群(IBS)という名前がついています。突然、おなかが痛くなって下痢の症状が出てしまうため、乗車時間の長い長距離バスや中座できないシチュエーションを避けるようになり、各駅にしか乗れなくなるという病気です。

ネット上で検索してみますと、「頻繁にトイレに駆け込んで各駅で停車してしまうから」という意味で各駅停車症候群を説明している人もいるようですが、わたしからみるとこれは間違いです。

この病気の大変な点はトイレに駆け込む頻度にあるわけではありません。いつ襲ってくるかわからない、突然の下痢による精神的なストレスや恐怖、不安が最大の問題といえます。

この各駅停車というのは、つまるところ、「行動範囲が制限されてしまうこと」を意味しています。電車に限った話でなく、トイレのない外出先にはいけないとか、あるいは朝の混む時間帯には行動できないとか、映画館では端っこの方にしか座れないとか、10分以上の会議には出れないとか、そういうことです。

その間、頭のなかでは常にトイレまでの最短ルートをシミュレーションすることになりますので、会議などにはとうてい集中できませんし、自宅以外ではトイレのことが頭から離れなくなってしまうため、そのうち頭がおかしくなってしまう病気なのです。

会議とかなら突然中座してもあとからあやまればいいですが、飛行機の離陸時とか、あるいは観覧車とか、絶対に中座できない状況というのがなかにはあります。普通の人なら数時間ぐらい排便を我慢できますが、過敏性腸症候群の場合、小腸が活発になりますので、もよおしてから限界に達するまでの時間が極端に短く、体調の悪い日などはわずか数分で限界に達してしまいます。

その限界に達したのち、極限状態のなかで過酷な苦しみに耐える時間がはじまるわけです。

幸い、わたしはこれまで粗相をしたことはありませんが、毎回、奇跡的に個室が空いていて間に合うことを繰り返すうち、もしあのとき空いていなかったら…と考えるとゾッとします。大の大人が粗相をすることは考えるだけでも嫌です。

なので、現在は外出時は一切食べないようにすると決めており、朝は絶対に食べないですし、食べたとしてもほんのひと口程度で、あとはジュースとか甘いものを摂取することで対応しています。

このように決めてから、各駅停車症候群で悩むことはなくなりましたが、かわりに低血糖の症状に悩まされるようになっています。胃袋を空の状態に保つわけですから、血糖値が下がりすぎてしまうのも当然ですが、あの過酷な苦しみや恐怖に比べると低血糖の方がまだましだと思えるのです。

ただ、腸内の善玉菌とされるビフィズス菌や納豆菌で腸内環境は改善されてきましたし、また、青汁や有機野菜で食物繊維を摂取することで最近は下ることがなくなってきました。さらに、いざというときのために、ストッパやトメイダンなどの主要な下痢止め薬も財布のなかに隠し持っていくようにしています。加えて、常日ごろからトイレ掃除をかかさず、いざという時には個室を空けて頂けるよう、トイレの神様に重々お願いしております。

そこまでしても、いざというときは実際にやってくるものですが、そのような場合、「たぶん、大丈夫だろう」ではなく、徴候があらわれた瞬間に、口をおさえて逃げるように便所に駆け込むことにしています。

普通の人みたいに、「トイレに行ってきてもいいですか?」みたいな許可を求めている時間的な余裕はIBS患者にはありません。ただ、無断で出ていく以上、まわりは心配されると思うので、一応は口を押さえていくとよいでしょう。

口を押さえれば、しゃべれない状況だとわかるので返答する必要がないですし、あとから「吐きそうだった」と言い訳することができます。中座する言い訳とか、そういうのは何も考えなくていいのです。口をおさえていちもくさんにまっさきに駆け込むことをおすすめします。

薬事法的な未承認薬の規制は緩和すべきだ

最近、注目している銘柄にオンコセラピーがあるのですが、ペプチドワクチンによる癌治療のベンチャー企業です。

現在は株は保有しておりませんし、今から買うつもりもないのですが、株を抜きにして考えてみても、癌の効果的な治療方法が確立されるかもしれないことを考えると、いい時代になったものだなと感じております。

この治療方法はペプチドワクチンなるものを注入したり、あるいは飲んだりすることで、癌細胞が消失しまうというアプローチのようです。

すい臓がんとか大腸がん、あるいは肺がんなど、様々な癌での検証が進んでいるらしく、今後、注目が集まっていくことが予想されておりますが、実用化されるまでにはまだ時間がかかるようです。

けれども、末期がんの患者さんにとってはまったなしの状態です。未承認薬だったとしても、わらをもすがりたいという気持ちになるかと思います。

僕も身内でふたりほど癌にかかってますので、何とかこのアプローチで治療できないものかと考えているのですが、日本ではそういう制度があまり確立されていないようです。先端医療開発特区みたいなのもあるようですが、日本では役所間の縄張り争いみたいなのがあるようで、製薬の承認作業には膨大な手間と時間がかかってしまうようです。

うちの場合、ひとりは高齢で、次はもう手術のできない状況なので、飲み薬とか注射とかで何とかなりそうならそういう方法をとるのがよいと思うのです。あと1年なのか、5年なのか、それとも10年なのかはわかりませんが、次に再発したらアウトといわれてますので、今のうちにそういう治療で少しでも癌を抑制できないものかと考えてます。

それで、この薬を調べてみたのですが、海外では売っているようで、25mgで1,800ドルとなっているようです。

これは医療機関向けなのか、それとも個人でも購入できるのかはわかりませんし、また、輸入関連での薬事法的な厚生労働省の規制なんかも当然あるでしょうから、日本で実際に入手可能なのかはわかりませんが、もし問題ないようならちょっと買って飲ませてあげたいなと考えております。

例えば、1日1個、2週間の投薬で14個としても、18万×14で250万ぐらいならちょっと試してみたい気もします。具体的に2週間なのか、1か月なのかは、あるいは病院で注射してくれるのかはまったくわかりませんが、ある程度の可能性があるのなら、ダメもとで試してみたい気もするわけです。

でも、こういう海外から輸入するとか個人が考えなくても、行政でそういう未承認薬を試せるようなシステムを構築すればできるものと思うのです。

もちろん、副作用が想定以上にひどくて、結果的に手の付けられない状況になり、やはり未承認薬なんかやるべきではなかったという結果になるリスクもあります。また、スタップ細胞のようなケースもありますので、いくら有望とされる技術であったとしても、ふたを開けてみれば、ぜんぜん違ったということもあると思います。

けれども、座して死を待つより、病気に戦いを挑んで倒れた方が本望だと思うのです。治験でフェーズ3とかまで進んでいる場合、ある程度のリスクを冒しても、本人の意思がある場合は、一般患者でも簡単に選択できるようにするべきではないかなと思います。

どうやらあれは群発頭痛というものだったらしい。

小学校5年生のときに頭痛が痛くて、2か月ほど学校を休んでしまったことがあるのですが、その時は特に異常なしとの診断で、単にメンタル的なものだということで結論づけられたことがあります。

ただ、本人としては尋常な痛みではないわけですし、「異常がない」わけはありません。

痛みの程度でいえば、注射針が刺さる程度ではありますが、それが心臓の鼓動と同時に2~3秒ごとにずっと繰り返されるわけですので、プスプスと脳に針をさされているような、そんな過酷な痛みがあるわけです。

私の場合、最初にこの頭痛にかかったのは、学校のプールの解禁日初日での出来事でした。

平泳ぎをしている最中に猛烈な頭痛に見舞われたのですが、先生に保健室にいくとつげ、更衣室にいったものの、とても歩ける状態ではなく、着替えることもできずに更衣室の床でただ佇んでいた状態でした。

そこに先生がやってきて、「何をもたもたしてるんだ!さっさと保健室に行けといっただろう!」と怒鳴られ、しぶしぶ保健室に歩いて行ったことを覚えています。

確か、友達が助けてくれたと記憶してますが、30分ぐらいかかってヨタヨタと保健室へ行ったでしょうか、ベットの上に横たわったものの、私ができたのはベットのパイプを握りしめてただその痛みに耐えるだけでした。

それ以外のことはあまり覚えていませんが、数時間ぐらいして痛みがおさまった際に、親に連れられて帰宅したことを覚えています。

それから2か月間ぐらいは続いたかと思いますが、毎日、夜寝ている間にその頭痛がやってきました。

痛みがやってくると、私はそれに耐えるのにせいいっぱいで、かすかな声しか出す余裕はありません。当時、子供部屋だったので、隣で兄が寝ていたのですが、バタバタして助けてと言っているのに、兄ときたら、気持ちよさそうにスヤスヤ寝ていてまったく気づかないわけです。

仕方なく、頭痛がやってきては隣で寝ている兄を蹴り飛ばして起こしたものですが、今思えば、兄上には申し訳ないことしたなと反省しております。

いつも決まって朝方に起こるものですから、私は夜、眠るのが恐くなり、ずっと起きていることにしました。けれども、眠気には勝てないものです。そのうち、うとうとしだして眠ってしまうわけですが、数時間後には例の頭痛がやってくるわけですので、安眠できたことはありません。

結局、当時は何の病気とも診断されず、変わった形の頭痛なのだろうということで結論づけられました。あれから25年ぐらいたったでしょうか、私はそれっきり再発はしていないので、ずっと忘れていたのですが、つい最近、別の症状で脳のMRIを取る機会があったものですから、当時のことをふと思い出してしまったわけです。

ネット上で検索してみると、それはどうも「群発頭痛」という症状として認知されているらしく、しかも、世界3大痛に認定されているようなのです。

やっぱそうだよなー、あれが単なる頭痛なわけねーよなーと思ってしまったのですが、ネットで検索してみると、何とあれを数十年もわずらっている方もいるようで心が痛んでしまいます。私は小学生の頃、数か月程度で終息したきり、完治しておりますので、何とも幸いだったものだなと思います。

まぁ、大人の状態でしたら、ある程度は耐えられるのかもしれませんが、それでもあれを何十年も患うのは気が遠くなります。まだ、有効な薬はないようなのですが、医学が進歩することを祈るのみです。


ただ、今にしてよかったなと思うのは、あの過酷な頭痛を経験しますと、ちょっとやそっとの痛みは大したことないと思えてしまうものです。また、当時は神仏におすがりする他ないという心境でしたもので、謙虚な気持ちみたいなものが小さい頃にはぐくまれた気がしております。

小学生ながらも、「もうこの先、一生いい子にしますから、どうか直してくだちゃい。」とけなげに祈っていたことを覚えております。

その祈りが天に届いたのでしょうか、2か月ほどですっかり治ってしまったのでよかったです。

過酷な病気をしたからこそ、感じることのできる幸福というのもあると思いますが、ごく普通に生活できることが、実は最高に幸せなことなんだなと改めて思う今日この頃です。
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